以前は、マラソンの距離は約40kmで一定していなかったが、第8回パリオリンピック以後、42.195kmで定着した。第4回ロンドンオリンピック時の42.195kmが、そのまま採用された(市街地42km+競技場の200mトラック1周弱)。
第4回ロンドンオリンピックでは、国王の住むウィンザー城からシェファードブッシュ競技場の約40kmで競った。この際、時の王妃アレクサンドラが、「スタート地点は宮殿の庭で、ゴール地点は競技場のボックス席の前に」と注文したために半端な数字になったとする逸話がある。この大会で最初に競技場に到達したイタリアの選手ドランド・ピエトリはゴール地点を勘違いして直前(彼の認識におけるゴール)で倒れ、役員の助力でゴールしたため、のちに失格となった(ドランドの悲劇)。
従来から市民ランナーが参加できる大会も多く存在している。2007年から東京マラソンが日本陸連公認の大会としては初めて市民ランナーにも開放され、3万人規模の大会として成功を収めている。なお一般の大会に於いては仮装ランナーも多数登場し大会を盛り上げているが、スポーツとしての側面からマラソンでの仮装には賛否両論がある。現在仮装については明確なガイドラインが無く、各大会毎に判断が委ねられているが、公序良俗に反しないものという旨の規定については共通しているようである。しかし日本陸連が公認する大会は原則として華美な仮装は禁止となっており、今後東京マラソンについても何らかの改正が必要となる可能性はある。
駅伝同様に公道を使用するので、交通規制が伴う競技であるが、殆どの大会が往復コース(特に公式記録樹立に関してはコースの大半が同じであることを条件としている)であること、また参加者が多いので競技時間が長く、駅伝以上に交通規制の時間が長くなる。それゆえ事前にあらかじめタイムによる足きりによって(概ね5時間から6時間)参加者を絞り込むことで、交通規制の時間を明確化している大会が多い。当日は周辺の商売やイベントは勿論、近距離の移動などにも不便を強いられることは多い。それでも「たった1日だけだから」と寛容に対処し、沿道での応援などで盛り上げる市民も多い。
位 タイム 氏名 所属 年月日 大会
1 2時間15分25秒 ポーラ・ラドクリフ イギリス 2003年4月13日 ロンドン
2 2時間18分47秒 キャサリン・ヌデレバ ケニア 2001年10月7日 シカゴ
3 2時間19分12秒 野口みずき 日本 2005年9月25日 ベルリン
4 2時間19分36秒 ディーナ・カスター アメリカ合衆国 2006年4月23日 ロンドン
5 2時間19分39秒 孫英傑 中華人民共和国 2003年10月19日 北京
6 2時間19分41秒 渋井陽子 日本 2004年9月26日 ベルリン
7 2時間19分46秒 高橋尚子 日本 2001年9月30日 ベルリン
8 2時間19分51秒 周春秀 中華人民共和国 2006年3月12日 ソウル
9 2時間20分42秒 ベルハネ・アデレ エチオピア 2006年10月22日 シカゴ
10 2時間20分43秒 テグラ・ロルーペ ケニア 1999年9月26日 ベルリン
競技でスタートしてからゴールするまでに最も長く掛かった記録は日本の金栗四三が記録した54年8ヶ月6日5時間32分20秒3である。
金栗は1912年に開催されたストックホルムオリンピックのマラソンに出場したが、途中で体調を崩し棄権した。しかし、棄権の意思がオリンピック委員会に伝わらず、金栗は記録上「競技中に失踪し行方不明」となった。そのまま時は流れ、1967年にストックホルム市がオリンピック開催55周年を記念する式典を開催することになり、当時の記録を調べていたオリンピック委員会は金栗が「行方不明」即ち、完走も棄権もしていない状態であることを発見し、金栗に改めて棄権するか完走するよう要請した。要請を受けた金栗はストックホルムへ赴き、式典の中で当時のコース(実際には競技場内の100メートル、残りの距離を消化した扱い)を走ってゴールし、ゴールまで半世紀以上という公式記録が残された。
参考:wikipedia